敵になることを運命づけられた二人。それは決して許されない想いだった。
勇者は長い旅を経て、最後にして最大の敵である魔王に立ち向かいました。激しい戦いの末、とうとう魔王を打ち倒し、世界に平和が訪れたのです。めでたし、めでたし。
読み終わった文献を閉じる。私はため息をついた。望んだ結果を得ることができず、落胆の色は隠しきれない。
勇者と魔王の戦いは伝説の域を超えて歴史として語り継がれている。魔物が力をつけた頃に勇者が呼び出され、人間が驕った頃に魔物の中から魔王が選ばれる。
気の長くなるような長い年月、この世界ではそれが繰り返されてきた。今代の魔王として魔物を統べる私もまた、勇者と戦う宿命にある。
私が探しているのは、その宿命から逃れるための方法だった。勇者と魔王が戦わなくてもいい道を。
勇者と魔王の物語は伝説からおとぎ話、歴史書など、至るところに散在している。私はそれを公務の空いた時間に片端から読み漁っていた。
けれど、どれも結果は同じだった。魔王が勇者に勝利して統治をより強めるか、勇者が魔王を打ち倒すか。わざわざ探させた人間の土地の辺境の村のおとぎ話ですら、その定型を崩していない。
どこかにあるはずなのだ、戦いを逃れる方法が。私は今にも閉じそうな目を擦り、もう一度別の文献を探す。
勇者が現れたと聞いたのは、とある小さな辺境の村からだった。向かわせていた私の部下の末端がやられたというのが最初だった。
それ以来、ひそかに部下を監視につけて、勇者の様子を探らせていた。最初は、未来に待ち受ける戦いのための下準備のつもりだった。
しかし、部下から伝えられる勇者の情報を聞くうちに、次第に私の心には別の想いが芽生えていくのを感じていた。
それは許されない想いであることはわかっていた。けれど、抑えつけようとしても、それはより強くなっていった。
勇者の成長を聞くと嬉しくなった。勇者を倒したと聞くと不安になって、勇者が女性を助けたと聞いた時は不安になった。
私は勇者に恋をしていたのだ。勇者の話を伝え聞く度に、幼い少女のように私の胸は高鳴った。私は彼の報告を聞くのが楽しみになっていた。
けれど、嬉しくなると同時に、私の心にはいつも未来への不安があった。それは彼が成長するごとに強くなっていく。
やがて、勇者は魔王である私と相対することになるだろう。その時初めて顔を合わせ、そして戦うのだ。
その未来を想像するたびに、私の胸は苦しくなった。今の私には、彼と戦うことなんてできない。
どうにか戦う運命から逃れる術はないだろうか。縋るような思いで、ふと目に入った次の文献を手に取った。
『わたしの狼さん。』という物語だった。自国の本ではない。人間が書いたのだろうか。聞いたことがない表題だった。
それは勇者の少女と、魔王の青年の物語。勇者は魔王を倒そうとしているが、魔王は勇者に恋をしている。
二人の会話からは敵同士という感じはしない。しかし、勇者と馴れ合う魔王のことを、部下は批判した。勇者の生まれついての特徴を指摘して。
それを聞いた彼は言ったのだ、魔王を辞める、と。そして、本当に魔王を辞めた彼は、勇者と共に旅に出る。
ちっとも真面目でなく、軽快な会話で繰り広げられていた。魔王に翻弄される勇者がかわいらしくて、思わずページが進んだ。
読み終わった時、私の心は軽くなっていた。そうだ、簡単な話だったのだ。
真面目に考えすぎるからいけない。もっと気楽に、肩の力を抜いて考えよう。運命だとか、そんなことを気にする必要なんてない。ただ、自分の思うままにすればいいんだ。
私は軽くなった心を抱いて立ち上がる。本はいつの間にかどこかに消えてしまっていた。けれど、今の私は、勇者が来る時が待ち遠しい。
運命の時
私はひとり、玉座に座っていた。誰もいない謁見の間に、ひとりの少年が現れた。私は彼のことを知っている。ずっとこの時を待っていたのだから。
情報で聞いていたよりも、幼く見える。私の胸が高鳴る。彼は驚いているようだった。魔王が女だったことを、意外に思っているのだろうか。
「よく来たな、勇者よ」
私が言うと、勇者は慌てて剣を構えた。その表情には緊張が溢れている。それすらも愛おしく思えた。
「まあ、そう慌てるな。ちょっと話でもしようじゃないか」
「お前と話すことなんて何もない!」
「君にはなくても、私にはあるんだよ。私は実は戦いたくないんだけどね、君、世界を半分ずつで私と分け合わないかい?」
私の提案に、彼は戸惑ったようだった。けれど、すぐに「断る!」と返した。まあ、そうだろうね。私は肩を竦める。振られてしまった。いや、予想していたけれど。
「構えろ、魔王! 決着をつけるぞ!」
「やだ」
私が言うと、彼は愕然と眼を見開く。困っているようだった。次の言葉を選ぶように視線を泳がせている。
「言っただろう、私は君と戦いたくはないんだ。それより、君、紅茶は好きかね。さっき仕入れたんだが、飲まないか?」
「だ、騙されないぞ! 卑劣な魔王め! 真面目にやれ!」
必死に私と戦おうとする彼がかわいくて仕方がない。なるほど、あの物語の魔王も、こんな気持ちだったのかもしれない。
「くっ、この、いや、俺は魔王を倒さないといけないんだ! みんなのためにも!」
葛藤を押さえるように、彼は剣を向ける。切っ先は私に向いているけれど、瞳にはまだ悩みがあった。
「どうぞ」
「なっ」
「私は戦う気はないよ。倒したいなら、倒すといい」
愕然とする勇者に、私は内心で微笑む。すまないな、勇者。君の冒険は、ここでおしまいだ。
君の物語の通りに振舞ってやる気はない。私は人類の敵、魔王であり、君に恋したひとりの女なのだから。
魔王と勇者のラブコメディ
私は小桃。貧乏だし、レベルはゼロだけれど、一応勇者やってます。そして今まさに魔王の城へ乗り込む、決戦の時。
「魔王! 今日こそ年貢の納め時だ!」
魔王の城の謁見の間に駆け込むと、ひとりの青年がこちらを見て不敵に微笑んだ。
容姿端麗な黒髪の青年。彼こそが魔王だ。私は剣を構えて、彼に向かって駆け出す。彼はふっと笑って。
「会いたかった」
私を抱きしめた。慌ててもがいてその腕から抜け出す。ようやく戦ってくれる気になったかと思ったのに、全然違った。
魔王はどうあっても私と戦わないつもりらしい。それどころか、私のことを好きだと言って口説いてくる。
でも、それにほだされるわけにはいかない。私には夢があるからだ。
人助けをがんばって、レベルを上げて、世界中を旅する。そして、ちゃんと屋根のついた家を買うんだ。
「だから、魔王、お前を倒す!」
私はそう言って剣を構えた。けれど、彼は構えもしない。それどころか、ただ笑って「どうぞ」とだけ言ってくる。
「小桃に倒されるなら、本望だから、遠慮しないでいいんだよ?」
迎え入れるように笑う彼に「ちゃんと戦え」と言っても「ヤダ」と断られる。戦わない相手を一方的に倒すことなんて。
「おぼえてろー!」
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