往来に集まり、叫びをあげる人々。彼らは怒っているのだ。不当な差別に。自分たちをずっと虐げている、理不尽な社会に。
テレビで何度も繰り返されたその映像に、アメリカは揺れていた。それは歴史が何も変わっていないことの証明でもあった。
大国アメリカの歴史の陰で、蠢き続けている醜悪で残酷な怪物。アメリカの歴史は「自由」の歴史であり、連綿と続く「差別」の歴史でもある。
人種差別に対する批判が叫ばれるようになって数年。一見すれば、その歩みは進んでいたように思えた。
史上初の黒人の大統領。バラク・オバマ氏が国家の指導者として立ったのは、そのアメリカの闇が晴れたことを感じさせた。ように見えた。
だが、時代は再び繰り返している。白人警官による黒人の射殺事件。それは、未だ差別が根強く残っていることを世界に知らせたのだ。
そのニュースを見て私が思い出したのは、かつて読んだ『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』という作品のことだった。
黒人の青年が白人の警察によって帰らぬ人となる。しかし、警察は「正当な処置」だったとして事件を収束させようとした。目撃者は、青年と共にいた黒人の少女スターただひとり。
白人と黒人の間に横たわる深い溝。差別という問題に深く切り込んだヤングアダルト小説だ。
私は日本人だ。人種差別には心を痛めていても、所詮はテレビの中の遠い国でのことだった。これまでは。
初めてその問題について深く考えるようになったのは、その本を読んだからだった。
ずっと眠っていた記憶。私が小学生の頃、ほんのわずかの間だけ、クラスメイトになった少女がいた。
彼女は黒人だった。目が大きくてかわいらしい子だった。彼女はすぐにまた転校してしまったけれど、あの少しの間、私たちはたしかに友だちだった。
国が違う。言葉が違う。肌の色が違う。けれど、それがなんだというのだろうか。
あの時の黒人の少女も、仲良くなったカナダの少年も、大学でともに学んだ中国人の青年も、誰もが尊敬できる人たちで、私の大事な友だちなのだ。
肌の色のような外見なんかじゃなく、相手の心を、本質を、見ればいい。そうすれば、国や言葉は違っても、彼らが同じ人間なのだとわかるはずなのに。
黒人だから。白人だから。そんな区別が何もない世界に、なればいい。それは、そんなにも難しいことなのかな。
声をあげる勇気
こんなパーティ来るんじゃなかった。汗ばんだ身体の間をすり抜け、肩で揺れるカールを見つめながら、ケニヤのあとを追っていく。
ガーデン・ハイツでつるむ相手は、ケニヤぐらいしかいない。でも、ケニヤは時々すごく厄介なやつになる。
このビッグDのパーティでも、ケニヤは、さっきからものすごい形相でデネジア・アレンにガンをとばしていた。
「ケニヤ!」
さらさらストレートの女の子が、人混みをかきわけて、こっちに向かってくる。後ろからモヒカンの少年がついてくる。
二人ともケニヤにハグをして、ケニヤの格好を褒めた。わたしなんかいないみたいに。
知らないクラスメートや、知らない先生たちの話ばかりで、ついていけなかった。悪口にひとしきり花を咲かせた後、三人は私を置いていってしまった。
みんなが、こいつ、ひとりで壁際に突っ立って、何してるんだって顔で、ちらちらとこっちを見ている。その時、聞き覚えのある声がした。
「スター!」
男たちは、彼と拳を合わせて挨拶を交わし、女の子たちは伸びあがるようにして彼を見た。カリルがこっちに微笑みかけてくる。
「よう、元気か? 久しぶりだな」
カリルと近況報告をしていると、ダンスフロアの真ん中あたりが急に騒がしくなった。
バン! 思わず身を竦める。バン! みんなが一斉に戸口に殺到した。我先に外に出ようとして、罵声が飛び交い、もみ合いになる。カリルがわたしの手を掴んだ。
「逃げるぞ」
カリルは、わたしの手を引いてどんどん進んでいく。カリルはシボレーインパラに駆け寄り、運転席側のドアを開けて私を中に押し込んだ。わたしがそこから助手席に映ると、カリルも乗り込み、車を出した。
サイレンの音が鳴り響き、バックミラーの中で、青いライトが閃いた。カリルは小声で悪態をつくと、インパラを路肩につけた。警官は、運転席のドアに近づいてくると、窓を叩いた。
「免許証と車両登録証と自動車保険証を出すんだ」
カリルは、警官に書類と免許証を渡した。警官がそれに目を通す。警官は、カリルの身体を服の上から叩き始めた。さらに二度、身体検査を繰り返したが、何も出てこなかった。
警官はパトカーに戻っていった。カリルは、警官が背を向けている間に、バックドアを離れ、運転席のドアに歩み寄った。
バン! 一発目。カリルの身体がびくんと跳ねた。バン! 二発目。カリルが喘ぐ。バン! 三発目。カリルは目を見開いてわたしを見た。そして地面に崩れ落ちる。
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