絵ごころを育てよう!『読んで身につくお絵描きの心得』園田誠


昔、犬を描いた時の、その絵を見た友人の「えっ……」というような表情が忘れられない。以来、私は絵を描くことが嫌いになったのだ。

 

美術の授業が嫌いで嫌いで仕方がなかった。私を絵を見て引かれるのではないか。あるいは、笑われるのではないだろうか。そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。

 

悔しくて、何度もひとりきりで試してみたこともある。けれど、「犬」を描いたはずなのに、どういうわけかエイリアンみたいな奇怪なイキモノが出来上がるのだ。

 

なぜ、なぜ、どうして。自分自身では描けているつもりだ。それなのに、どうしてこんなふうになってしまうのか、その原因がちっともわからなかった。

 

でも、絵を描いてみたい。そんな想いは、ずっと胸の奥で燻ぶり続けていた。願わくば、上手くなりたい。絵を描けるようになりたい。

 

そんな藁にも縋る想いで手にしたのは、一冊の本だった。そのタイトルを、『読んで身につくお絵描きの心得』という。

 

ページを開いて前書きを読んでいた私はがっかりした。そこには、「この本を読んでも具体的な画力が身につくわけではない」と書かれていたからだ。

 

じゃあ、この本を読んでも絵が上手くなるわけではないのか。そう思った。けれど、そうではないのだという。

 

絵を描く上で必要なのは、対象を紙の上に自分の手で描く「再現力」ではないのだ、と。じゃあ、何が必要なのか。それは、ものをよく見る「観察力」だ。

 

そんな馬鹿な。私はよく見て描いている。それが変わってしまうのは、再現力がないからじゃないのか。最初に読んだ時、私はそう思った。

 

しかし、その本の中で、私は自分が間違っていたのだということを目の当たりにされたのだ。認めざるを得なかった。私の観察力のなさが原因なのだと。

 

それは、作中で例題として出された「犬」の絵だった。もちろん、悪い例としての、それは、私が描いた犬と瓜二つだった。足が逆向きに折れ曲がった、エイリアンのような犬の姿。

 

その後に、足だけを修正した絵が描かれている。足を直しただけなのに、それがちゃんとした「犬」になっていることに、私は衝撃を受けた。

 

試しに自分で描いてみると、私は思わず手が震えた。それは、エイリアンじゃない、ちゃんとした「犬」だった。私は初めて、ちゃんとした犬を描くことができたのだ。

 

観察と知識。その二つが絵を描くうえでは必要なのだという。しかし、それさえ踏まえれば、何を描いているのかひと目でわかるような絵を描くことができるようになるのだ。

 

その本に前書きで書かれていたことが、実際に描かれたイラストを例としてたくさん載せてくれていることで、ひと目でわかりやすくしてくれている。

 

動物の身体にも、人の身体にも、きちんとした法則がある。骨格、バランス、動きには、決められた特徴がある。それを踏まえて絵を描けば、上手く特徴を掴んだ絵を描くことができるようになるのだ。

 

本を読みながら実践を繰り返していくうちに、気が付けば、私は絵を描くことに夢中になっていた。本を読み終わっても、思いついたものをとにかくひたすらに描きまくっていた。

 

ああ、これが、絵を描ける歓び。楽しくて仕方がなかった。自分の手で描かれた動物や人が、紙の上で動き回っている。

 

ずっと心の奥に燻ぶっていた想いが、きれいになくなっていた。長年の重荷をようやく下ろしたかのような、解放されたような清々しさが胸中に広がっていた。

 

 

絵を描く楽しみを教えて

 

人類は有史以前から絵を描いていました。何かの形をなぞって、何らかの情報を伝えるという行動は、文章で情報を伝える手段のずっと前から行われていたんですね。

 

ところが現代人の多くは、その本能を忘れてしまったかのように絵を描かなくなりました。利便性という奴は、どうやら人間の本能すら駆逐してくれるようです。

 

この本を手にされたということは、皆さんは少なからず「絵を描きたい」と思っていらっしゃるわけです。

 

では本書を読み終えた時、皆さんは絵の達人になっているんでしょうか? 残念ながら、本書を読み倒したとしても、皆さんに具体的な画力はつきません。

 

この本は美術大学を卒業した人間が書いています。しかしデッサンの仕方であるとか、具体的な画法の解説はありません。皆さんに絵を描く楽しみを伝えるための本です。

 

上手に絵を描くというのは次の手順で成立します。

 

1.ものを見る(対象の選択)

2.ものの形状を把握する(観察力)

3.把握した形状を紙の上に再現する(再現力)

 

画学生と一般の人との一番大きな違いは、再現力ではなく観察力です。小手先の技術だけを学んでも絵はうまくなりません。学ぶべくは、ものの見方です。

 

では観察力というのをどうやって学んでいくのかということになって、そしてこの本が生まれたわけです。とにかくなんでも、よく見ればいいんです。簡単な絵を描きつつ、少しずつ観察力を養っていくことにしましょう。

 

 

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