「なんだぁお前、俺の酒が飲めねぇってのか!」
すっかり酔っぱらった上司が、赤い顔でそんなことを言っている。周りの社員たちは引き攣った顔をしながらも、「あ、いえ、はい、ありがとうございます……」と自分のグラスに注がれる液体を諦めた瞳で眺めていた。
その光景を見て思い出すのは、最近図書館で偶然見かけて、おもしろそうだと読んでみた一冊の本だ。その名もずばり、『「俺の酒が飲めねーか」は犯罪です』。なかむらいちろう先生の、まさしくそのままなタイトルである。
その本を初めて見た時、思わず「おもしろそう」だと思ってしまったのは、このタイトルのせいだ。「えっ、そうなの?」という驚きが大きかった。
なにせ、今まさに目の前で起こっている光景は、職場の宴会では珍しくも何ともない、ありふれたもの。しかし、その本によれば、この上司は罪を犯した犯罪者だということになってしまう。
『「俺の酒が飲めねーか」は犯罪です』は、こんな意外なものから始まり、世の中にある変な法律を集めて解説した本である。期待通りというか、読んでいて思わず笑ってしまうほど面白かった。
たとえば、暴走族。社会的には迷惑行為とされている彼らだけれど、そんな生き方に憧れてしまう若者も、中にはいるかもしれない。
しかし、もしも。憧れが高じて、走っていく暴走族に手を振ってしまっていたら。めでたくあなたは犯罪者の仲間入りだということになるのだ。
暴走族に手を振ってはいけない。実は、そんな法律がある。犯したら罰金の、きっちり制定されている法律だ。暴走族に憧れている人がいたら、気をつけるべきかもしれない。
その本を読んで、私が思い出したのは、弁護士を目指している友人が言っていた法律のことだった。食い逃げのことだ。
実は、食い逃げ自体が犯罪とされているわけじゃない、という話。私はこれを聞いて驚いた。無銭飲食なのだから、犯罪ではないのだろうか。
実は、払う気がなかったのに食べたことで立証されるのは、詐欺罪になるのだという。そして、店員に「財布を忘れた」と嘘をつくのも詐欺罪になる。
ところが、裏口からこっそり逃げたり、店員がいない隙に逃げた場合は、詐欺をしていないことになるから、犯罪を立証できないのだ。なんともオカシナことだと思う。
その話、そしてこの変な法律を集めた本を読んで、私が思ったのは、「私たちは法律のことを何も知らない」のだということだ。
私たちは法治国家に生きている。当然、私たちの生活の上には、普段は意識していないけれども、法律がある。私たちは常に法律の管理下のもとに生きているのだ。
にもかかわらず、私たちはその法律について、何も知らない。ということはつまり、「俺の酒が飲めねぇのかぁ?」と言っている上司や、暴走族に手を振ってしまった若者のように、知らないうちに犯罪者になっている可能性だってあるのだということだ。
それはとてつもなく怖いことではないか、と、私は思ってしまう。毎日の日常の中に、突然警察が現れて、私の手首に手錠をかけるようなことが、絶対に自分には起こり得ないのだと言えないのだから。
そして、逆に犯罪だと思うような悪いことであっても、罪に問われないものだってある。もちろん、罪に問われなければやっていいというわけではないが、「法律は完璧ではない」ということを、よく認識しておくべきではないだろうか。
つまり、「法律の下にいるから安全」というわけではなく、法律を利用するためには、少なからず法律を知っておく必要がある、ということだ。
それが自分の身を、あるいは自分の家族の身を守ることにつながる。そう思えば、もう二度と「俺の酒が飲めねぇのか?」なんて言えないだろう?
本当にある変な法律
「法治主義」や「法の支配」といった言葉を、一度はお聞きになったことがあると思います。これらは、議会の定めた法律により国や地方自治体におけるすべての機関の決定・判断が規律される、という非常に重要な概念をいいます。
よって、本来、法律のないように不明確性や不合理性などがあってはならないということは、言うまでもないことでしょう。
しかし、実際には「なんだ、これは?」と言いたくなる「変な法律」が数多く存在します。いったん法律が制定されると、法律に書かれた条文の文言がひとり歩きをします。この条文の文言を追う時、「なんだ、これは?」という「変な法律」を発見することができます。
本書は、著者の運営するウェブサイトである「変な法律」の中から、選りすぐりの「変な法律」を選択いたしました。
「違憲の疑いがある」「運用に問題がある」などといった意味での「変な法律」は取り扱っておりません。また「正しい歴史認識」や「社会問題の提起」なども目的としておりませんので、ご了承ください。
単純に日本の「変な法律」をお楽しみいただければ幸いでございます。
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