世界史を変えた化学物質『スパイス、爆薬、医薬品』P・ルクーター/J・バーレサン


塩、少々。コショウ、少々。指先でつまんで、料理に振りかける。指についた粉をぺろりと舐めると、舌先に塩辛さと辛みがつんと突き刺さった。これが昔はなかったなんて、今では想像もできないよね。しみじみと思う。

 

『スパイス、爆薬、医薬品』。ついこの前、図書館で気まぐれに見つけたその本を読んだのは、特に理由があるわけでもない。ただ、「世界史を変えた」という言葉で真っ先に浮かんだのは、私の場合、コショウだった。

 

かつて、今では香辛料としてたくさん使われているコショウは、かつて商人たちの間では金と代えられるほどの価値を持っていたことは知っていた。その本を読むことにしたのは、そのことが頭に引っかかったからだった。

 

読んでみると、やはりというか、コショウは最初に書かれている。多くの商人が海に出て長い航海をしていた大航海時代。漫画とかで有名なその時代は、現実の歴史では、コショウの貿易がきっかけとなったものらしい。

 

保存に優れたコショウは多額の富にもなる商品だった。今では普通に料理に使われるコショウがひとつの時代をつくったのだと言われると、驚くばかりだね。

 

とはいえ、その本に書かれているのは、もちろんコショウばかりではなかった。塩や砂糖、オリーブみたいな調味料から、ビタミンやカフェインまで。

 

さらには、綿やシルク、ナイロン、ゴムや染料、プラスチックといった、私たちの身の回りにある便利なものをつくるための素材。

 

ペニシリンや避妊薬など、医療を通じて社会を大きく変えたもの。果ては有機塩素化合物や爆薬の材料になるニトログリセリン、モルヒネやニコチンなどのちょっと危険なもの。中でも異質な、「魔術」についてのことまで。

 

それぞれは目に見えないほど小さなものでありながら、そういったものによって、私たちの歴史はつくられているんだなぁと思えば、その価値を見出した過去の先人たちの努力に思わず感謝せざるを得なかった。

 

けれど、驚くべきなのは、最初にその発見をした人たちの多くは、当時はまったく評価されていなかったということ。上司や世間から批判されたり、否定されたり。

 

たとえば、ゴムをずっと研究していた化学者とか。今の私たちの生活を支えているタイヤは彼のおかげであるのに、彼は特許をことごとく他人に奪われて、本人に促された利益はほんの少ししかなかったという。

 

彼らの研究の成果が今の私たちの生活にどれだけ影響を与えたか。そのことを知っている私から見れば不思議なことだけれど、研究者たちの周りにいる人たちは誰もが「君がしていることは間違いだ!」と声高に叫んでいるのだよね。

 

世界を変えてきた人たちの功績を、現代の私たちはよく知っている。でも、世界は彼らに何を返したのだろうか。この本を読むと、社会の進歩の一番の敵は「社会」そのものだと感じざるを得ない。

 

けれど、周りの人たちの反対にも、経済的な苦境にもめげずに、彼らは後世のすべての人類にとって大きなことを成し遂げてきた。

 

彼らはどうしてそんなことができたのか。世界を変えるような偉業を為すのに必要なのは、発想とか、お金とか、才能なんかじゃない。誰からも馬鹿にされても自分の信念を貫く、そんな「強さ」なのだと、私は思う。

 

 

小さな分子が世界を変える

 

金属は、人類の歴史を通じて決定的な役割を果たしてきた。銅と錫は、ローマ人たちが強く欲したもので、ローマ帝国がブリテン島に侵攻した理由のひとつである。

 

しかし歴史を作ったのは錫、銅、鉄などの金属だけであろうか? 歴史上重要な働きをした化合物も間違いなく存在したにちがいない。本書の各章にわたって一貫する統一テーマである。

 

従来とは異なるこうした視点で、さまざまな化合物を眺めると、魅力的な物語が浮かび上がってくる。これら化合物のすべては、歴史の中の重要な事件、あるいは社会を変えた一連の流れに深く関わっている。

 

我々は本書を書くにあたって、化学構造と歴史的エピソードとの魅力的な関係を語る。そして一見関係のない事件が似たような構造の化学物質によって起こり、社会の発展がいかに特定化合物の化学に依存しているか理解することを目標とする。

 

重大事件が小さなものに依存するという考えは、文明の発達を理解するうえで新しいアプローチとなろう。本書は化学の歴史ではなく、むしろ歴史における化学を描く。

 

本書にどの化合物を選ぶかは、個人的な好みによるものであり、最終的に選んだものは決して排他的ではない。本書で論ずる事件は歴史的順番になっていない。そのかわり、関連性に基づいて書いてゆく。

 

化学上の無数の発見においてセレンディピティが果たした役割についても興味深い。多くの重要な発見において、幸運が関与したとはよく言われることである。しかし何か尋常でないことが起きたと気付く能力は、かなり重要であるように思われる。

 

本書に取り上げる化合物の発明者、発見者の何人かは化学者である。しかし残りの人々は科学的な訓練をまったく受けていない。彼らの多くは、風変わりで、意欲があって、精力的な人物として描かれ、実に魅力ある物語となっている。

 

 

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