もしも、あの有名な武将に出会うことができたら『戦国小町苦労譚』夾竹桃


歴史の教科書を、目を輝かせて眺めるのが好きだった。遠い過去の世界を生きた、多くの偉人たち。ああ、彼らと同じ時代に生きてみたい。いつもそんなことを、夢見ていた。

 

中でも心惹かれるのは、室町時代の末期。多くの戦国大名が武勇を競い、天下を目指すべく戦い合った時代。いわゆる、戦国時代である。

 

昔見たクレヨンしんちゃんの映画で、しんのすけをはじめとする野原一家が戦国時代にタイムスリップするというものがある。戦場を車で駆けるその姿には、興奮を抑えられなかった。

 

子どもの頃は、タイムスリップできると無邪気に信じていた時代もあった。自分もいつかあの時代に行くのだと、憧れていたのだ。今ではもちろん、無理だとわかっているから、妄想をして慰める日々である。

 

歴史上の出来事を知り、想像するだけでもなんと心の踊ることか。武田信玄。上杉謙信。石田三成。長曾我部元親。毛利元就。名を挙げていけばきりがない。

 

しかし、中でもやはり飛び抜けて魅力的な生涯を辿ったのは、日本の天下統一という偉業を成し遂げるに至るまでの、三人の英傑であろう。

 

戦乱の世を終結させ、後に長く続く太平の世を創り上げた徳川家康。幼少期に人質として他国に渡った彼の生涯はまさしく波乱万丈。

 

農民から成り上がり、今では豊臣秀吉という名を知らない日本人はいない。各地の武将を打ち倒し、とうとう天下統一を成し遂げた天下人である。

 

その秀吉の仕えた主君であり、天下統一という夢を最初に掲げた男。部下の裏切りによって夢半ばにして倒れ、あとわずか、天下統一まで届かなかった武将、織田信長。

 

もしも、あとほんの少し。歴史が変わっていたとしたら、彼らはどうなっていただろう。願わくば、そんな彼らの鮮烈な生涯を、間近で眺めてみたい。

 

夾竹桃先生の『戦国小町苦労譚』は、まさにそんな私の夢を、物語として体現したかのような作品だった。

 

現代に生きる歴史と農業が好きな女子高生、静子は、ある時、突然タイムスリップをしてしまう。気が付けば、馬に乗った男性と相対していた。

 

その男こそ、織田信長である。当時からすれば珍妙な格好の静子を南蛮人と誤解して、面白く感じた信長は、彼女の知恵を求めて部下として召し抱えることを決める。

 

現代の知識と技術を存分に使い、当時からすればあまりにも革新的な発明をする静子は、次第に定められた歴史を大きく変えていくこととなる。

 

明智光秀や豊臣秀吉、徳川家康、本田忠勝や上杉謙信など、次々と登場する偉人たちが、現代人の静子と交流を深めていくのは、読んでいるだけでも楽しい。まるで歴史の中の一ページに、身を置いたような気分にさせてくれる。

 

驚くべきは、歴女でもある静子の知識から生み出される、なんともマニアックな技術の数々だろう。農業や歴史のディープな内容に驚いている信長たちと一緒に、読んでいる私まで新たに知ることがたくさんあって驚かされてしまった。

 

私も彼女みたいに、戦国時代に行けたらなぁ。すぐに斬られてしまいそうな気もするけれど。思わずそんなことを思いつつも、その妄想はどんどん膨らんでいくばかりだ。

 

とりあえず、静子みたいに妄想ノートを書くことから始めてみようかな。もしも、もしも、彼女と同じように、私自身がいつタイムスリップしてもいいように。その日を夢見て、今日も私は『戦国小町苦労譚』を読みふける。

 

 

いざ、戦国時代に

 

歴史上の人物に出逢えたら、一体どれほど嬉しいだろうか。でもそんな夢は実現不可能だとわからないほど子どもでもなかった。

 

ただ「もしも」と思うことがないとは言い切れなかった。そんな時はノートにいろいろと書き綴って満足していた。だけど今日からそのノートは不要だ。だって、タイムスリップしちゃったから。

 

「貴様、一体何者だ」

 

パニック中の少女は目の前の人物と今の自分の境遇を再度考える。今までの行動を思い返すが、タイムスリップした理由など見つかるはずもなかった。

 

「娘よ。わしは気が短い方でな」

 

再びパニックになりかけたが、頭上から聞こえた声で我に返る。おそるおそる声の方を向くと、そこには青筋を立てた三十歳くらいの男性が馬上から声をかけていた。

 

刀の柄に手をかけた状態で声をかける人物を少女は知っている。決して会うことは叶わないはずの、その人物の名は。

 

「織田上総介三郎平朝臣信長……?」

 

その時、ブチリと何かが切れる音がした。瞬間的に危険を感じた少女は、全神経を集中させて真横に飛んだ。

 

「貴様、その命いらぬと見た!」

 

(そういえば戦国時代は諱を言っちゃいけないんだった!)

 

少女のようにどう見ても目下のものに、実名を呼ばれることは大変許しがたい行為である。つまり無礼打ちされても文句が言えないのだ。

 

「す、すすすみません! どうか! どうかお許しください!」

 

「……本来なら叩き斬るところだが、貴様の奇天烈な格好に興味がある。三度目はない、貴様の名はなんと言う」

 

額に青酢時を浮かべた信長は、イライラしながらも刀を鞘に収める。次こそ選択肢を間違えればその場で斬られることを理解した少女は、唇を震えさせながらもこう言った。

 

「静子……綾小路静子でございます」

 

 

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