鏡に映った顔は、疲れ切っていた。毎日の仕事に。人間関係に。ほんの数か月前、若々しい希望に満ちていた表情は、今やどこにもない。今日も私は重い足を引きずりながら会社に向かう。
子どもの頃、働いている母の背中が、とても大きく見えた。私もいずれその背中のように、どこかの会社に入って働くのだろうと、その時、自分の将来に思いを馳せた。
みんなが「ケーキ屋さん」だとか「お花屋さん」だとか、そんなふわっとした夢を書いていた幼い頃、私が「公務員」なんて堅苦しい将来の夢を書いたのも、いい加減だというわけじゃなかった。
まあ結局のところ、公務員試験にはことごとく落ちて、そこらの一般企業のしがない販売員に落ち着いたわけだけど。
そんな現状にも不満はなかった、最初の頃は。お客様から「ありがとう」と言われると嬉しかったし、会社の人たちも嫌いじゃなかった。
そもそも、「働く」ということ自体が、私の夢だったのだから、もう叶ったようなもの。特に欲しいものもないから、給料も満足していた。あの頃の母の背中に、ようやく私もなれた。その喜びの方が大きかった。
なのに最近、身体が重い。毎日が灰色に感じる。きっかけは、何だったのだろう。自分でも明確なこれという原因はない。ただ、それらは入り混じってぞっとするような気味の悪いマーブル模様をしている。
仕事が増えていくにつれて好きだった接客がちっともできなくなってしまったからか。増えていく仕事に処理が追いつけなくなり、サービス残業が増えたからか。仕事ができなくなるにつれて、上司との人間関係がギクシャクし始めたことか。休日にもかかってくるお叱りの電話が、苦しくてたまらないことか。
この会社から逃げたい。気が付けば、逃げることばかりを考えている。転職も考えた。いっそ、命を絶つことすらも。それでもそんな勇気は出なくて、毎朝心が少しずつ凍り付いていくのを感じながら、会社に向かう。
あの頃。あの幼い頃に憧れた母の背中も、今の私と同じようだったのだろうか。かっこよく見えたあの背中は、仕事が嫌で嫌で仕方がなくて、それでも行かなくちゃいけない、そんな現実に疲れ果てた背中だったのだろうか。
はっと気が付くと、私は行きつけのコンビニで突っ立っていた。そうだ、今日は休みだったんだった。それで、買い物に。中年のおばさんがぼんやりとした私を怪訝な目で見ている。
ふと顔を上げると、本のコーナーが目に入った。そこに収められた中の、一冊の本に視線が吸い寄せられる。普段は気にならない、ただの背景だったその本が、急に色彩を得て灰色の世界の中で色づいた。
『会社が教えてくれない「働き方」の授業』。表題には、そう書かれていた。私はその本を手に取る。
「会社で働く」とは、どういうことか。思えば、私は「働くこと」に憧れながらも、今までそのことをよく知らなかった。
ただ、親や先生が「働かなきゃいけない」というから、そう思っていただけ。でも、どんな仕事があるかは教えてくれても、学校は「働く」というそれ自体について、何も教えてくれなかった。
今の私が直面している現実。働く先にこんな現実があるなんて、誰も教えてくれなかった。働くことがこんなにも苦しいことだなんて、何も教えてくれなかった。
だからこそ、この本を読むべきなのだと、何かが私にそう囁いた。「会社で働く」ということ。そのことを、ふわっとした理想論じゃない、しっかりとした現実を伴ったこととして学ぶために。
働きながら疑問を感じているあなたに
本書は、会社や組織に勤めている人が、給料や人事評価といった「働きながら感じる問題について」の考えや立ち位置を整理する手助けとなることを目指して書いたものです。
雇われて働いている以上、そこでの制度やルール、仕組みや慣行などをまったく無視して働くことはできません。
今の会社で仕事をすることがイヤになった人もいるでしょう。そういう人の多くは、やはり転職を意識しますよね。しかし、あなたにとって、転職が良いことなのか悪いことなのか、すぐには結論を出せないはずです。
そうはいっても、未来永劫、今の会社が繁栄し続けるなどと考えている人も少ないでしょう。みなさんがお勤めの会社や組織も、何十年も安泰とはいえないのです。
かなりの人は、仕事そのものだけではなく、人間関係でも悩んでいるのではないでしょうか? しかし、人間関係を円滑にする特効薬はありません。では、どう考えたらいいのでしょうか?
今の世の中には、情報が溢れています。自分が置かれた立場に疑問を感じた時、どう処理したらよいかという情報も多少は見つけられます。
しかし、私が本書を書いた最大の理由は、法律や人事管理の解説ではなく、働く人それぞれの立場から、「働き方」自体を考える材料を提供したかったからです。
ですが、よくよく考えてみると、働く人々を取り巻いているいくつもの問題が、すべてきちんと研究され、ある程度しっかりした研究成果が出ているわけではありません。
そこで、研究で明らかになっていないことであても、私の見解をただ断定的に述べて終わるのではなく、みなさんができるだけ「一緒に考えられる」ように書きました。
本書が、おもに読者として想定しているのは、現在すでに会社や組織にお勤めの方々です。特に、20代、30代くらいの若手から中堅層の人たちのことを念頭に置いて書きました。
もちろん、これから社会に出る学生の方々や、すでにベテランとして働いている方々を除外するつもりはありません。
ベテランや管理職の立場から若手社員や部下をどうみるか、というようなことも本書では扱っています。また、これから社会に出る方々には、「会社で働くってこういうことなのか」と思ってもらえる、きっかけになることを期待しています。
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