エェ……今宵はお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。それでは揃いましたことですし、始めていきましょう。
……それでは、僭越ながら、主催であるわたくしが、なぜ今この時代になって当会……百物語なんぞをしようと思った経緯を話させていただくことで、栄えある一話目とさせていただきます。
……きっかけは、ただ一篇の小説によるのでございます。小野不由美先生の『鬼談百景』という作品を、皆々様はご存じでしょうか。
……ああ、小野不由美先生のお名前は、どうやら知っていらっしゃる方もおられるようで……。エェ、そうです、『十二国記』のシリーズなどは、有名でございましょうな。
そのせいもあってか、ファンタジー作家のような印象を持たれているようですが……そもそも、思い出してくださいませ。かの『十二国記』とて、その一作目である『魔性の子』はホラー小説なのですよ。
先生は幼い頃から出身地に伝わっている怪奇噺などを好んで聞いておられたようで……そういった描写が巧みなのも、その経験によるのやもしれません。
エェ……そんな小野不由美先生の作品の中でも、とりわけ恐ろしく、部屋に置きたくないと言われるほど恐れられている屈指の名作が、『残穢』という作品でございます。
実は、わたくしが先程申しました『鬼談百景』は、その前史とも呼べる作品なのです。古き良き百物語の形式に則りまして、実話のように語られる、短編集でございます。
「百物語」と聞きますと、皆々様、思い浮かべるは怪談を百話、語り合うというものなのかもしれませんけれども、実は、怪談に限った話ではございません。
いわゆる不思議な話などもまた、語ってよいということになっております。そうしたところも含めて、『鬼談百景』には、ぞっとする話、気味の悪い話、少しばかり不思議な話などが揃っているのです。
……ああ、失礼。本の話が長過ぎましたな。では、そろそろ本題に入ることといたしましょう。
わたくしがこの本を読んだのは、大学時代の先輩に勧められたからでございます。そして、本の内容を二人して語っているうちに、自分たちも百物語をしてみようという次第となりました。
日程を調整して、参加者を募り、あとは今日のこの日を待つだけ、ということになったのですけれども、実は、その先輩は三日前に事故でお亡くなりになってしまいました。
……先輩は、本日の会をとても楽しみにしておられたのです。わたくしが此度の百物語を開いたのは、先輩の無念を晴らしたいという思いもあったからです。
……ですが、少々開催にあたり、不思議な出来事がありまして。わたくしは今回、主催ということもありまして、参加者全員に参加の可否を問うメッセージをお送りしました。送ったのは、三日前でございますな。
……返信は、過不足なく全員から返ってきておりました。ええ、全員から、ね。もちろん、先輩からも。参加する、と。
でもね、わたくしが聞いたところによると、先輩が亡くなった時間は、その返信が届く前なのでございます。わたくしからのメッセージが届く頃、先輩は、意識不明のまま、生死の淵をさまよっていたわけです。
……先輩は、よほど楽しみだったのでしょうな。ああ、ほら、そちらのあなたさまの、後ろ。わたくしがそちらに座布団を一枚置いたのは、そういう次第でございます。これで全員、過不足なく。
ああ……ところで、百物語では、百本目の蝋燭を消すと、怪異が出るとか、出ないとか。百話目を話せば、わたくしはまた、先輩と会えるのでしょうか。
エェ……というわけで、一本目の蝋燭を消させていただきます。フッ。
現代の怪談
Yさんの学校には、男女の生徒を象った銅像がある。「未来へ」と題されたそれは、背中合わせに立った男子生徒と女子生徒の像で、二人は表題の通り、未来を指し示すかのように片手を上げ、それぞれに宙を指差している。だが、その指先は欠けている。人差し指の先端が切り落とされているのだ。
玄関前の植え込みの中に据えられた像は、もともと男子生徒が校門の外を、女子生徒が校舎を指差していたそうだ。
この像が設置されてすぐのことだった。校舎――女子生徒像がちょうど指し示している三階の窓から生徒が転落して死亡した。
以来、同じ窓から生徒や先生が転落したり、飛び降りたりすることが続いた。「あの窓はおかしい」と噂された。
十数年が経って、学校が改築された。銅像は別の場所に移された。すると今度は、別の窓で事故が起こった。やはり女子生徒像の指し示す窓だった。
銅像の指し示す窓と事故を最初に結び付けたのは生徒だったようだ。生徒の間で、銅像が指し示す窓は呪われている、という噂が広まった。
学校側は、生徒の動揺を鎮めるために銅像の向きを変えた。これによって女子生徒像の指は、グラウンドの上空を指し示すことになった。これでもう問題はないはずだった。
――ところが、今度は男子生徒像の示す窓から生徒が飛び降りて死亡したのだった。以来、同じ窓で事故が続いた。もう一度、銅像の向きを変えよう、という話になった。
だが、校舎と敷地の関係から、どこにどう向けて置いても、必ずどちらかの指が校舎のどこかを指してしまう。そこで、銅像の指が切断されたのだった。
以来、奇妙な事故はやんだ、という。
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