数学界最大の難問にひとりの天才が挑む『フェルマーの最終定理』サイモン・シン


 私は数式を見ると蕁麻疹が出る。というのは嘘であるが、嫌いであることに変わりはない。しかし、そんな数学嫌いの私ですら、知っている名前がある。

 

 

 やることもなく、ただなにげなしに図書館をふらふら彷徨っていた私の目に、その名は唐突に飛び込んできた。

 

 

 『フェルマーの最終定理』。サイモン・シンという著者が書いているらしい。普段ならば気にならないその本が、その時は無性に気になった。

 

 

 私は数学がすこぶる嫌いである。嫌いではあるが、嫌いであるからといって逃げ続けていれば、いつまで経っても嫌いのままだ。

 

 

 これまで嫌悪していたその分野に通ずるようになれば、転じて私の向かうところ敵なしになるのではなかろうか。

 

 

 飛び交う花粉が脳にお花畑を咲かせたのか、当時の私はそんなことを臆面なしに考えていた。そんなわけで、その本を手に取るに至ったのである。

 

 

 xn + yn = zn

 

 nを3以上の自然数とした場合、この公式が成立する自然数の組み合わせは存在しない。

 

 

 フェルマーの最終定理としてよく知られているのは、この公式のことを言う。ちなみに、nが2の場合は、言わずと知れたピタゴラスの定理となる。

 

 

 フェルマーはピタゴラスの発見した定理をあれこれ弄りまわしているうちに、この公式を発見したのだという。すなわち、平方根をひとつ増やすだけで、成り立たなくなるという事実を。

 

 

 この公式、凡百の数学オンチの目から見てみれば、いかにも簡単そうに見える。しかし、この簡単そうな問題に、オイラーをはじめとする優れた数学者たちが敗れ去ってきたのだ。

 

 

「私はこの公式の素晴らしい証明方法を思いついたが、ここに記すには余白が足りない」

 

 

 フェルマーは『算術』という本の余白に、この言葉を添えて公式を記した。他にもフェルマーは多くの問題を残したが、最後まで誰も解けずに残ったのがこの公式だから、「最終定理」というわけである。

 

 

 つまり、この本は、フェルマーが残した大きな謎を解き明かした方法を綴った一冊なのだ。ばばーん。

 

 

 というのとは、少し違う。実のところ、私はこの本を読んで初めて知ったのだが、難攻不落と知れた「フェルマーの最終定理」はすでに解かれているのだという。

 

 

 アンドリュー・ワイルズ。この公式は、ほとんど彼一人の手によって証明された。

 

 

 この本は、「フェルマーの最終定理」を抱え込む連綿と続く数学の歴史と、アンドリュー・ワイルズがいかにしてこの問題に取り組んだかといったことが描かれている。

 

 

 さて、それでも君は「でも俺、数学嫌いだから興味ないし」とでも言うつもりだろうか。

 

 

 かつての私ならば言っていたであろう。だが、この本を読んでしまった今の私はもう、そんなことを言うことはできなくなってしまった。

 

 

 彼らが数学にかける情熱と執念。決して諦めることのない鋼の精神を知ってしまった今、葦よりも脆い私の精神なんぞに言えることなどありはしないのだ。

 

 

 数学が好きな君ならば、この本には興味をそそられるだろう。多くの数学者たちの人生と、彼らの向き合っていた難問たちが君の前で流し目を送っている。

 

 

 だが、私はむしろ、この本は、私のような数学嫌いにこそ、読んでほしい一冊だと感じた。

 

 

 私たちがいともたやすく諦め、もう見たくないと匙を投げ捨ててしまった数学。その分野に、人生の全てを賭けてまで取り組んでいる人たちがいる。

 

 

 私たちと彼らとの間に大きな差はない。ただ、問題を前にして諦めたか、諦めなかったかの差だけだ。

 

 

 数学に興味こそなかろうとも、ひとつのことに向けた彼らの根気と情熱が、この本の文字の中に込められているような気がした。

 

 

 数学、今から学び直してみようか。思わずそんな益体もないことまで考えてしまう。ただ、きっと、今の私は学生の頃よりもほんのちょっと、諦めが悪いかもしれない。

 

 

フェルマーからの宿題

 

 フェルマーの最終定理をめぐる物語は、数学の歴史と分かち難くからみ合い、数論の主要なテーマはすべてこれに関わっている。

 

 

 この物語は、数学を前進させるものは何かという問題、そして、数学者を奮い立たせるものは何かという問題に対して、比類のない洞察を与えてくれる。

 

 

 数学界の偉大な英雄たちをひとり残らず巻き込んで展開する、勇気、不正、ずるさ、哀しみに彩られた魅力あふれる冒険物語――その中心にあるのが、フェルマーの最終定理なのである。

 

 

 フェルマーの最終定理の起源をたどれば古代ギリシャにさかのぼる。それは、ピエール・ド・フェルマーがこの定理を今日知られている形にするよりも二千年も前のことである。

 

 

 最後は、フェルマーの難問を解こうと苦闘する、アンドリュー・ワイルズというひとりの数学者の物語で締めくくることになる。

 

 

 ピエール・ド・フェルマーと彼の遺した謎を語るにあたって、私は、数式に頼らずに数学的概念を説明しようとした。だが、時にはどうしても数式が頭をもたげてしまう。

 

 

 文中に方程式が現れたときは、数学の素養のない読者にもその意味がわかるように、充分な説明をするよう努力したつもりである。

 

 

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