中小ビジネスのためのフレームワーク『デジタル5つの活かし方』堀明人 飯村和浩 坂本ゆみか 倉田一範


もう、店を畳むしか、方法はないのだろうか。俺は空っぽの店でひとり、座り込んだまま絶望に沈んでいた。これからどうすればいいのだろう。良い考えなど、何も浮かぶはずがなかった。

 

親父よりもさらに上から代々続いてきたこの店は、親父が亡くなった直後、俺が引き継いだものだ。親父はいつも「この店が俺の宝だ」と言っていた。それから四十年、俺自身も、今はこの店を宝のように大切に思っている。

 

すべて手作業にこだわる古い形式の店は、親父の頃からの昔馴染みや、新規の客も訪れ、それなりに盛況だった。しかし、世の中というものは、本当にわからないものである。今では閑古鳥すら鳴かない。

 

コロナが流行して以降、政府は飲食店の制限や営業禁止を求めた。どうにか波を持ちこたえたものの、また次の波がやってくる。その時、俺はいったいどうなるのだい。

 

まるでいらない飲食店は潰せと言わんばかり。俺は持ちこたえても、周りはやはりひどく、中小企業は次々と店を畳んでしまった。

 

彼らの姿を見るたび、「次は自分の番なのだ」と思う。幸いにも、今はまだ貯め込んでいた貯金がある。だが、それも長くはもたないだろう。すぐに尽きて、金を借りていくのかもしれない。

 

早急に、何とかしなければならん。だが、何をすればいいのかわからなかった。味には自信がある。だからこそ、食べてもらうたべでいい。それだけなのだ。

 

救いを求めるように、俺はひとりの男と会うことにした。彼とは大学の頃からの腐れ縁で、仲の良い親友のひとりである。そして、現在は一端の経営者であった。彼ならば、何か解決策を教えてくれるのでは。

 

「……というわけなんだが」

 

「なるほどな」

 

俺が詳細を話すと、彼は考え込むような表情で固まってしまった。この状態の彼は、隣の物音にすら気付かない。しばらくの間、沈黙が俺たちの間に横たわる。

 

「……ひとつだけ、方法がある」

 

「ほ、本当か! いったいそれは、どんな……?」

 

俺が意気込んで聞くと、彼は水を一杯飲んで、答えた。

 

「デジタルだよ」

 

「デジタル?」

 

彼は自分のカバンから一冊の本を取り出した。『デジタル 5つの活かし方』と書かれている。彼はそれを俺の前に差し出した。

 

「ま、待て待て待て! 俺はまだ読むとは一言も言っていないぞ!」

 

「店をどうにかしたいんじゃなかったのか?」

 

「それはそうだが……しかし……」

 

俺はデジタルが大の苦手だった。パソコンやら、スマホやら、ああいったものは、どうにも好かない。正直、気乗りはしなかった。

 

「『ウーバーイーツ』ってのを、知っているか?」

 

「何だそれは?」

 

「最近流行している料理のデリバリーサービスだ。といっても、まあ、そこだけじゃなく、今はいろんなところが料理のデリバリーをやっている」

 

「出前とは違うのか?」

 

「似てはいるが、違う。ネット上に注文できるページがあるんだ。お前の嫌いなデジタル。だが、今の苦しい時期をどうやって生き残っていくか」

 

コロナ禍でも続けられている飲食店だってある。どうやったらこの時代に生き残れるかを、みんな必死に考えているんだ。好き嫌いなんて、些細な問題だと思うがな。

 

彼と別れた後、俺のカバンには彼から渡された本があった。デジタルという視点。技術。時代が変わってしまった今、かつてと同じような方法では生き残れない。変化が必要なのだろう。俺は漠然と、そんなことを考えていた。

 

 

デジタル元年

 

本書は、中小ビジネスが「デジタル」という便利な道具を、経営にフル活用するための方法・視点をまとめた本です。

 

多くの中小ビジネスが、「なぜ今、デジタルなのか」「デジタルにどう向き合えばいいのか」「デジタルは経営にどう役立つのか」そんな疑問、迷い、焦り、不安を抱えているのではないでしょうか。

 

次から次へと登場するデジタル技術を解説する書籍は数多く目に入るようになりました。しかし、加えて必要なのは、どの道具をどのように経営に活かせばいいのか。経営から見たデジタル技術の活かし方です。

 

本書では、世の中にあるデジタルを総合し、今あるデジタル技術をどう活かせば経営の力とできるのかを整理したフレームワークをご紹介します。

 

経営者はどういうデジタルを選択したのか。なぜそのタイミングでそれを選んだのか。デジタルでどんな課題を解決しようとしたのか。

 

そういった「現実の経営者の選択」「現実の教科書」を徹底分析し、帰納的にリアルケースからエッセンスを抽出してわかりやすく体系化しました。

 

本書を手に取っていただきたいのは、ヒト・モノ・カネという経営資源が比較的少ない組織で事業活動を行うすべての事業者です。

 

これから本格化するデジタル化の時代に、地域経済、地域の暮らし、地域の人々の幸せの土台と言える中小ビジネスが、デジタルという便利なツールを、それぞれの事業の状況に合わせて上手に活かし、さらに発展していただけるよう、本書が少しでもお役に立てれば幸いです。

 

 

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